伊豆の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

伊豆県伊豆市歴史探訪
伊豆市の概要
伊豆市は伊豆半島の中央部に位置し、直線距離で東京から約100キロ、静岡市から約60キロとなっています。市域の南側を天城山系の山並みに囲まれ、西側は青く澄んだ駿河湾に面し、北側は狩野川の沖積層により形成された田方平野が占めています。古くから伊豆半島の交通の要衝として、あるいは豊かな自然と温暖な気候・温泉を活かした観光のまちとして発展してきました。川端康成など多くの文豪たちもこの地を訪れ、たくさんの作品を残しています。平地は主として稲作が中心ですが、山ぎわでは清涼な水を利用してワサビ栽培が行われ、天城のワサビは最上級のブランドとなっています。

伊豆のあゆみ
伊豆市は温泉のあるまちとして全国的に知られていますが、なかでも修善寺温泉が特に有名です。修善寺温泉は、平安時代に弘法大師が開いたという修禅寺の歴史とともにあります。弘法大師が独鈷の湯を湧出させたとされており、これが修善寺温泉の起源となっています。川原で病気の父親の体を洗う少年のために、弘法大師が独鈷を用いて岩を砕き、そこからお湯が湧出した、との開湯の伝説が残されています。

鎌倉時代には源頼家が修善寺に幽閉されていたことが分かっており、鎌倉幕府以後の北条早雲や豊臣秀吉の古文書にも温泉入浴の話が記されています。また、徳川中期には、独鈷の湯・石湯・箱湯・稚児の湯などの周囲の農家が、湯治客を相手に部屋貸しを始め、徐々に設備を充実していきました。これらはいわゆる木賃宿と呼ばれ、湯治客は自炊を主とし、内湯はなく共同浴場に通っていました。その後、共同浴場を貸し切る留湯という制度が始められ、農家は副業から次第に専業の旅館に変わっていきました。

明治に入ると、湯治客専用の温泉を設備した内湯が誕生し、交通機関が整備されて、多くの文人墨客が訪れるようになりました。静かな環境を愛する夏目漱石もこの地を訪れ、井上靖が育ったまちでもあります。また、土肥地区は海水浴客でも賑わい、与謝野晶子・与謝野鉄幹夫妻が訪れ、井沢満は土肥地区を舞台にした「青春家族」「同窓会」などのドラマを書きました。彼らの作品には、湯治場から避暑地化した様子や、温泉場と呼ばれる風物が数多くの作品に表されています。共同浴場には、独鈷の湯・稚児の湯・川原湯・箱湯・新湯・滝の湯・石湯・寺の湯、杉の湯がありましたが、この9湯のうち、現在残っているのは「独鈷の湯」だけとなっています。

平成16年(2004年)に、田方郡修善寺町・土肥町・天城湯ケ島町・中伊豆町の4町が、合併して伊豆市が誕生しました。現在では、「循環型の社会を形成し、自然と人が共生したまちづくり」「様々な人との出会いや交流、森づくりなどの体験、学びなどから創造力あふれる人づくり」「安全で暮らしやすい環境、人々の支えあいによってつながれた、安心を感じられる社会の構築」を進め、財政的にも自立した「地域自らが主役」のまちづくりを推進しています。


伊豆の名前の由来
伊豆市の名前は、伊豆国の一部だったことに由来しています。


伊豆の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
修善寺郷土資料館
住所: 〒410-2416
静岡県伊豆市修善寺838-1 [地図を見る]
電話番号: 0558-72-1934
開館時間: 9:00〜16:00
休館日: 木曜日・年末年始
入館料: 大人300円、小人150円







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